読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

徒然 然

アニメ批評など。

劇場版『屍者の帝国』―原作既読者としての感想

  本日公開の映画『屍者の帝国』をさっそく観てきました。表題にもあるとおり,原作は既読です。以下,原作・劇場版の双方についての若干のネタバレを含みます。

 

 原作との最大の相違点はワトソンとフライデーの関係です。原作ではウォルシンガム機関から提供された記録専用屍者という立場でしたが,本作ではワトソンの手によって屍者化された親友として登場します。

 これによりワトソンの行動理由がより明確なものとなり,グレート・ゲームとしての側面よりもワトソンを中心とした冒険活劇のような印象が強くなっています。これはメディアの違いを最大限に活かした豊富かつ豪快なアクションシーンという映像面においてもいえることです。

 もうひとつ,重大な変更点としてニコライの扱いが挙げられます。これにより彼ら,特にバーナビーの目的意識が顕在化し,多少荒っぽくスピーディーな展開であってもその違和感はかなり緩和されているように感じました。

 さらには,目的意識という意味では終盤のハダリーについても同様のことがいえるのであって,結局のところ,基軸はワトソンとフライデーに置かれながらも,各々が各々の明確な意志を持って旅はロンドン塔へと終結していくというのが劇場版ストーリーの最大の特徴といえるのではないでしょうか。

 映画という尺の都合上,原作を忠実に映像化しようとすればただのダイジェスト版にならざるを得なかったでしょうから,これらの改変は非常に良い判断だったといえると個人的には思っています。

 

 また,そこに至るまでの行動はかなり変更されていましたが,最終的な結末としては原作とほぼ同様の着地をします。私は既読だったのですんなりと理解できましたが,未読の状態であの円城塔ワールドを見せつけられたとしたら,はたしてそのすべてを飲み込めていたかどうかは自信がありません。

 「言葉」という本作の主題となる概念も劇場版では唐突に出てきた印象が強く,あのクライマックスの情報の喧騒の中でそれを正確に捕捉できるかどうかは疑問です。そもそもその伏線,ないし原因となるセキュリティーホール云々の話もそこまで深く追及されておらず,ひとつひとつのセリフの関連性を完璧に追えていなければ腑に落ちずに終わってしまう可能性があります。

 これらのことから,ある程度の配慮はされているものの,どうしても原作未読かつ初見という条件下で観るのは厳しいものがあるのかなという印象を受けざるを得ませんでした。全体のバランスを考えれば断じて説明不足ということはないのですが,その真意を汲み取ろうとするならばやはり原作を読むか複数回劇場に足を運ぶ必要がありそうです。

 

 とはいえ,あれだけのボリュームのある原作をここまでにまとめ上げた手腕には脱帽です。万人に薦められるかと訊かれれば安易には首肯しがたいですが,作品それ自体としては非常に素晴らしいものでした。

 『虐殺器官』の公開延期が発表されてしまいましたが,残る2作にも大きな期待が持てます。今から『ハーモニー』の公開が楽しみでなりません。

 

屍者の帝国 (河出文庫)

屍者の帝国 (河出文庫)