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徒然 然

アニメ批評など。

『Charlotte』感想―アニメ脚本家としての麻枝准

 『Angel Beats!』でどちらかといえば悪評が立ってしまったシナリオライター麻枝准。そんな彼のオリジナルアニメ第2作目ということで,良くも悪くも注目が集まりました。そういった経緯があってか,本作ではどうにも色眼鏡で見た感情的批判が巷に溢れ返ってしまっているような印象を受けます。僕もややもするとそれに流されてしまいがちですので,この作品において脚本面で問題に感じた点を改めて整理し,拙文ながらまとめておきたいと思います。以下ネタバレを含みます。

 

 この作品におけるストーリー的転換点はおもに2つ,第6話の歩未の死,ならびに第11話で勃発した事件です。

 これらに共通しているのがその展開の唐突さです。およそ伏線らしい伏線もなく,あまりにも突発的という印象を拭えない方が多かったのではないでしょうか。

 「人の死」を契機として話を動かしていくのは常套手段ではあるのですが,同時にあまりにも使い古された方法であり,それをいかに視聴者に既定路線と感じさせないかが大切だと個人的には考えています。つまり,ストーリーにおける結節点をいかに滑らかにするかが,脚本家に必要とされている手腕だといえます。

 これはあくまでもアニメにおける話であり,ことゲームシナリオとなると話が変わってくることになります。複数のシナリオを用意することができるゲームにおいては,ストーリーの要所要所に明確な「分岐」が存在します。それを任意に選択することで,プレイヤーもストーリーに対する没入感を味わうことができるわけです。ポキポキと折っていくことで結末をガラリと変えることのできる自在性がウリであって,事前にすべてのルートの伏線を緻密に入れておくことなど不可能であり,ナンセンスです。

 こういった視点で改めて本作をみてみると,とても「ゲーム的」脚本であると感ぜられます。乙坂の能力が「略奪」であるという固定的な事実に関する伏線はわかりやすいくらいに張られていながら,主人公の行動によって変化し得る流動的なイベントが天災のように降りかかるという奇妙な対比は,その源流としてゲーム的意識があるとするならば納得ができます。

 

  全体を通してのシナリオは,およそカタルシスと意外性に欠くものではありました。しかしながら,平明に乙坂と友利の恋を軸に据えれば,ちょっぴり苦めの視聴後感を含めてそれなりの出来ではあったと思っています。SFとしてみれば確かにそのチープさと粗雑感は否定できませんが,それはお門違いというか,求めるものを勘違いしすぎなのではないでしょうか。

 アニメ中心の脚本家にはあり得ないような展開の早さも特徴であり魅力です。このテンポとメリハリの敏活さはほかのアニメでも見習われるべきだと個人的には感じます。いかんせん後半は歩を速めすぎた気はしましたが。

 

 アニメ脚本家としての麻枝准は,良くも悪くもやりたいことが明確で直情的です。簡単には比較できませんが,『Angel Beats!』よりかはいくぶんか“アニメ慣れ”してきたのではないでしょうか。シナリオライターとしての腕前は確かでしょうから,個人的には今後のオリジナルアニメにも期待を込めて注視していきたいところです。