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徒然 然

アニメ批評など。

『プラスティック・メモリーズ』感想―舞台装置としてのギフティア

 『未確認で進行形』のスタッフに脚本家として『STEINS;GATE』の林直孝を招き寄せた,とも言うべき布陣で制作された本作。どちらも確かな実力があり,個人的な期待値も高かったのだが,結果として双方の良さをまったく見出すことができなかった。

 

 ギフティアをめぐる「喪失の物語」という非常に通俗性の高いプロットで,特に終盤にかけては決して予想を上回ることのない展開に終始していた。

 これに追い打ちをかけることになったのが,あまりにも甘く浅い設定である。古典的なSFのような世界観でありながらその土台は緩く,「なぜ自動停止機能が組み込まれていないのか?」「ワンダラーという明白な欠陥があるにもかかわらずなぜ使用が容認されているのか?」「なぜ回収にギフティアを介在させるのか?」など,合理的に説明することのできない部分が散見される。端的に言えば,ギフティアが主軸の物語であるにもかかわらず「そもそもギフティアって何?」という疑問を常に抱き続けることとなる。ギフティアは喪失されるために存在する舞台装置でしかなく,たとえばその代わりに白血病の少女を置いて主人公に世界の中心で愛をさけばせても良いわけである。

 あらゆる設定を背景として説明を放棄したが故にその特殊性は消え,普遍的で面白味に欠くプロットだけが残されたのだ。

 

 普遍的なストーリーの唯一ともいえる長所はわかりやすいカタルシスの得やすさである。「喪失」という明確な山場に焦点を当て,そこにきっちりと労力を投入すればいい。

 最終話の観覧車のシーンはこれを最大限に活かしていた。わかりきったストーリーではあったものの,敢えて無音で会話のみを立たせたり,観覧車の上昇と下降で展開を切り替えたり,繊細な表情描写を挟むことでツカサが泣き崩れる際の心象をより大きくしたりと演出面で工夫が凝らされていた。

 しかしながら,動画工房特有の作画が祟ってか,その演出にも限界が感じられた。たとえば,今期でいえば京都アニメーション制作の『響け!ユーフォニアム』では,光の加減や目の輝き,背景の域を出たある種のオーラを感じさせる空気感など,アニメの表現力を最大限活かした演出がなされている。

 『響け!ユーフォニアム』自体の評価はさておき,これらの演出と比較すると,動画工房は心情描写を表し切れていないと言わざるを得なくなる。観覧車の中でツカサがアイラの回収を決意したとき,画面全体がピンクがかる演出がされたが,そこで映像的切り替えが必要なのは理解していながらどうしても違和感を覚えてしまった。

 プロットが普遍的である以上,勝負できる領域は演出面となる。日常パートにおいてはその特長を十二分に活かせていた動画工房も,一場面で感動を「魅せる」シーンとなるとやや力不足の感が否めない。結果,どこか踏み込み切れないクライマックスで,そのカタルシスも物足りず,どこかアッサリと終わってしまった印象が拭えない人も多いのではないだろうか。

 

 個人的には「お涙頂戴」感が最後まで拭えなかった本作であったが,外部から作風の異なる脚本家を迎え入れた意欲作とも言える。動画工房の「日常系専門」からの脱却に期待したい。