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徒然 然

アニメ批評など。

アニメ『艦これ』はなぜ失敗したのか?

 爆発的な人気を誇るブラウザゲーム艦これ』のアニメ化。制作スタッフが公表された際に漠然とした不安感が漂ったものの,それを帳消しにするようなキャラクターデザインの優秀さで,放送前の期待値は非常に高かった。しかしいざ蓋を開けてみるとそこに望んだものはなく,最終的には黒歴史と称されるまでになってしまったのである。

 その原因といえる人物を絞り込むならば,田中謙介,草川啓造,花田十輝の三者ということになるのだろう。

 

 主軸が「吹雪が精神的に成長する王道青春モノ」であったことには疑いの余地はない。仲間の死や苦悩と葛藤,挫折,空回りの努力と親友との衝突を経ての気づきと成長。このように抽出してみると,1つ1つの要素に誤りはなかったといえる。問題があったのはその構成であり,その背後に用意されていた着地点である。

 

 「最終話で史実を塗り替える」というプロットが完成されている以上,そこに至るまでは史実に忠実でなければならない。尺や話題性などを考慮に入れた結果,第3話で1つ目の戦闘を行うという構成になったのだろう。

 「史実に乗っ取る」必要があるのだから,この戦闘では如月に何かしらの事態が起きなければならない。そこで選択されたのが「轟沈」である。

 しかし,「仲間の死」というのは本来は相当に慎重に扱うべき展開である。なぜならば,それがあるかないかでその後の物語の方向性がガラリと変わってしまうからだ。

 普通に考えれば,そういった重い展開は物語の終盤に仕込み,その後はシリアスを中心に進め,最終話付近でそれを乗り越えてカタルシスを得る,という形が定番だろう。

 それを序盤で死人を出してしまうと,その後の展開が非常に難しくなる。キャラクターの個性を演出しようと下手にギャグ回を入れようとすると,どうしても「死人が出てるのになあ」という思いが頭をもたげてしまう。かといってその後をすべてシリアスにしようとすると,よほど練られたストーリーでない限り疑いの余地なく途中でダレる。

 そんな「今後の展開難しいだろうなあ」という予想を悪い意味で裏切って,第4話から何事もなかったかのようにギャグ回を組み込んでしまったのだ。

 

 むろん,これは「ギャグ回が悪い」と言っているのではない。むしろその逆で,『艦これ』のギャグ回はどれも非常に出来がいい。望まれているものを的確に出せている。しかし,先に述べたように,第3話がその良さを完全に食いつぶしてしまっているのである。

 

 あるいは,第3話が「轟沈」ではなく「大破」だったらこうはならなかっただろう。だが,「大破」にしてしまうと視聴者側は「じゃあ轟沈はしないの?」と思ってしまい,史実に忠実に戦闘をしていてもどこか緊張感に欠いたものになってしまう。最終話の「史実を乗り越える」という展開も以前に「轟沈」があるからこそ説得力が出るのだから,これを失うのは致命的である。

 

 すなわち,「最終話で史実を塗り替える」というプロットが完成した時点で,「轟沈すればギャグが難しくなる」と「轟沈しなければ緊張感がなくなる」というダブルバインドに絡げとられてしまっていたのだ。

 

 もし,この「最終話で吹雪が史実を塗り替える」という流れを田中謙介が提案したのだとしたら,花田十輝は貧乏くじを引かされていたということになる。そうであったならば矢面に立たされている花田には同情するほかない……が,花田には積極的にシリアスを書きたがる傾向があるようにも思えるし,あるいは花田自身が提案していた可能性もある。

 そういった業界側の事情はわからない以上,責任の所在を明確にすることはできそうにないが,「誰か一人の権力が突出していて,その人の提案にはNOと言えない」などという状況でもなければ,このストーリーは田中謙介,草川啓造,花田十輝の三者が協同して練り上げたものとみてまず間違いはないだろう。また,それが最も蓋然性が高いようにも思われる。

 

  だが,誰の責任であったにせよ,「史実がどうのこうの」という話になった時点でアニメ『艦これ』が終わりを告げたのは間違いない。

 どうでもいい「史実」という枷のせいで,「吹雪の成長」がぼんやりとした印象になり,魅力的なデザインのキャラクターたちがまったく映えず,如月が轟沈する。

 カレー回の評判が良かったことからも,「艦これ」ユーザーが望んでいたものは明らかである。「ストレスを排除しろ」と言いたいのではない。「本来望まれているものを潰すようなストレスを生み出すな」である。

 

 結果として,アニメ『艦これ』はクリエイターたちの自己充足的な欲求によって「轟沈」させられてしまった。誰か一人でも作品を客観視できる人間がいれば「史実」を鼻で笑って蹴飛ばせたのかもしれない。続編ではそれが当たり前のようにできる「まともな」スタッフの参加を強く望むばかりである。